(8)集会で大切にしていることは
 思わず体が動いてしまったり、声が自然に出てしまう楽しい夢の世界。そして、楽しさを共有し、友だちとの関わりや集団の楽しさを学ぶ場所。それが私たちの集会です。
 これまで紹介してきた集会を作っていく中で、私たちは学んだことや大切にしていきたいとおさえたことがあります。

(1)みんなでつくる集会
 みんなでアイディアをだしあって、みんなでつくっていく。
 みんなで活動する集会だから、みんなでつくる。当たり前のことのようで、なかなか難しい。教員の数が多ければ、それだけたくさんの思いがあります。集団で指導するというのは大変なことです。

 でも、育てたい力がはっきりしていることや、子どもたちの変化がみられることを支えに「子どもにとって大切だな」「子どもの力になっている」と誰もが認めているからすすめていけるのだと思います。子どもたちのための実践だから、子どもたちの実態を充分把握した内容づくりのために、それができるような仲間でありたいです。

 お互いを認め合いそれぞれの発想を言い合える。構想を練り上げる段階では、そんな教員同士の真剣な議論が成立する関係がとても大切なようです。
 不思議と「準備が大変だからやめようよ」なんて意見は、今まで出てきたことがありません。みんなが「子どもたちにとってより良いものを」という共通の思いを持っていたからでしょう。

 「もっとこんなふうにした方がいいよ」「こうした方が効果的じゃないの」と、発展的な方向で議論が進みます。一人の発想ではなく、それを膨らませたり別の発想が出てきたりと、みんなで練り上げて行くからいいものが生まれるのです。

 発想の方向が固まったら、夢のような発想をどのように具体化して行くか。
 みんなで協力して教材研究(実験)あるのみ。労を惜しまず、せっせと教材研究を繰り返します。教材作りの素材もみんなが日ごろから「これは何かに使えそうだ」と頭の中にリストアップしているので、いろいろな発想が浮かんできます。
 「これはこうやって使うもの」という固定概念を捨てると、身の回りにはいろいろに使える物が案外多いのです。
 
 そして、実際の集会では教員それぞれが音響やキャラクターなど得意な力を発揮します。
 また、教員も夢の世界に浸って子どもたちと一緒に活動することで、雰囲気作りや効果的な子どもたちへの働きかけをすることができて、子どもたちの活動を引き出せるのです。

 これは、授業の前段階の話し合いや準備がしっかりしているからこそできること。こうした力が集結して、より良い集会が完成するのです。
 
 こうした教員のチームワークが、この集会を支えているのだと思います。これは集会ばかりではなく、他の授業でも同じことだと思います。他学校の先生に「先生が多いからできること」とあっさり片づけられ、ちょっと落ち込んだこともありますが、環境や条件は違っても、よいところは学び合っていきたいものです。


(2)効果的な時期を考えて
 どの集会をどの時期に行うのが効果的か、年間計画の中で考えて配置しています。
 新しい子どもたちが入ってくる4月は、集会に慣れることを目的にして、和気あいあいとした雰囲気の“バルーンあそび”。
 夏は海が広がる “ボンゴさん”。
 秋には子どもたちみんなに集会の楽しさが浸透しているので、ちょっぴり怖い“追いかけっこ”やダイナミックな“坂すべり”。
 冬には一面銀世界の“雪あそび”。

 子どもたちの状況や季節的な要素を考えて、より効果的な時期に集会の内容を配置しているのです。こうして配置することで子どもたちが活動しやすくなるとともに「そろそろボンゴさんが来てくれるかな」と見通しが持てて、期待感にもつながっているようです。


(3)毎年おなじみだけど内容は違う
 毎年おなじみの定番となっている集会がいくつかあります。しかし、その内容は変化しています。

 それは、「毎年子どもたちの構成が変わって行く中で、同じ内容はあり得ない。」という考えが基本にあるからです。
 「子どもたちが変われば、当然それに合わせたより効果的な内容を探るべき。」私たちの中には、こうした考えが共通のものとして存在しているのです。だからこそ、みんなでいろいろな発想を出し合って、子どもたちに効果的な新しい内容の集会が誕生するのです。
 どんな授業でも同じだと思いますが、「子どもたちにとってどうなのか」という視点で、その内容を考えて行きたいですね。

 集会の内容の変化には、さらに教員の「より良い集会を作りたい」という欲求の高まりがあります。「もっと子どもたちに迫りたい」「もっと子どもたちに感じて欲しい」「もっと関わりが多く持てれば」そんな欲求がフツフツと湧き上がってくるのです。
 真剣な議論やチームワークは、こうした共通の考えや共有できる欲求の高まりが作り上げて行くものなのかも知れませんね。


(4)変わってきた集会
 初めから、今の集会があったわけではありません。
 ねらいの“仲間づくりをする”ことや、“個々の力を発揮する”ことは今も変わりありませんが、スタートは、行事に関する「お知らせの場」やみんなの前に立っての「発表の場」や、行き戻りのあるチーム対戦的な「ゲームの場」の集会でした。

 でも、子どもたちに将来必要だなと思う力を育てていくことを整理するうちに、今の集会へと変わっていきました。子どもたちの姿に学び、子どもと共につくってきたのです。

 この集会は、子どもたちがクラスの枠を越えてひとつになって楽しみます。
 “嬉しい”“怖い”“楽しい”など気持ちを豊かに表現していく場になってほしい。 これから起こることを感じて自分で活動し、感じた気持ちをそのまま表現してほしい。 素直に自分を出してほしい。 そして、仲間が一緒だからもっともっと楽しく遊べちゃう。先生や友だちの様子を見てやりたくなっちゃったり、友だち同士が関わり合ったりと、活動を通して気持ちの交流ができ、それがさらに一人一人の活動を盛り上げていくことこそ大切にしてきました。

 そのことにより、その気持ちを共有しながら、子ども同士や先生と子どもなど、互いに影響しあえるような渦ができます。いわゆる集団の質が高まる関係の渦です。
 集団の質が高まっていくと渦の質も高まり、より子どもの力を引き出し育てていきます。そんな内容づくりに力が入っていきました。

 「今、この子どもにとって必要なことは何だろう」「せっかくある集団を活かしたいね」「集会でしかできないものってなんだろう」・・・うんと心が揺さぶられ自分からやってみたいと思える内容で、共通体験が得られるもの・・・と考えていくうちに、今の集会ができ、迫り方や内容も変わっていったのです。
 

(5)集会でしかできないことを
 肢体不自由を併せ持つ重複クラスのアキオ君も、集会のある土曜日はモップを持ってきて“行こうよ”と行動で伝えるようになりました。
 マリちやんは、家でも紙吹雪あそびをしたそうです。 シン君とナオ君は、狼の「ガオー!」遊びを家の人と楽しむようになりました。
 「またやる?」「またくるかな」という声や満足そうな笑顔に出会うと、嬉しくなります。

 期待をもって過ごす、自分からやりたいと思って自分で動くことは、毎日の生活の原動力です。集会だけで育てているのではないけれど、大きな役割を果たしています。
 『ダイナミックに』ということも、はじめから考えたのではないのです。『ストーリー性を大切に』ということも、子どもたちの様子から学んだことなのです。


(6)集会の時間が生きるのは…
 月〜木曜日は、「発達課題別グループ学習」が組まれています。子どもの発達は、やはりしっかりした課題をとらえた指導の中で促されます。ですから、わかる力、理解する力を地道に育てていく努力をしています。 どの子も、クラスではみせない(?)真剣さとがんばりをみせています。

 金曜日は数年前より 「クラスの時間」としました。クラスごとに弁当をもって出かけたり、「集会」のミニ版をしたり、仲間と楽しむ取り組みです。人とかかわることが苦手な子が多いです。人とのやりとりの楽しみや、言葉の理解、イメージする力に弱さがあるためです。だからこそ小人数でじっくり子どもと向かいあい、人格的な豊かさを育てる時間として大切にしています。
 
「小高集会」の大きな取り組みが生きのは、こうした時間があるからではないかと思います。


 これからも話し合い、ぶつかりも力にして、協力しながら子どもに向き合っていきたいです。そして、子どもと一緒にハラハラドキドキワクワクし、気持ちを共有しながら、私たち自身も楽しんでいきたいです。

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